はじめに

 学習者の発言がつながり合って、授業が展開していく「対話型学習」を目指して、小中学校との協同研究を始めたのがちょうど平成17年頃だったかと記憶している。文部科学省からの研究指定を受けて「確かな学力の育成」を目指した学校が主であった。

 特に、石川県小松市立月津小学校や福井県福井市立中藤小学校の他、福井県鯖江市立吉川小学校、同市立立待小学校などの先生方とは幾度も授業を一緒に作ったり見合ったりして、学習者相互の対話によって成り立つ学習を目指した。

 その際に得られた多くの知見は、その後、多くの講演や研修の際に公開し、教育現場に提供してきた。それと同時に、当研究所においても公開し、多くの学校からの問い合わせや研修依頼を受けてきた。

 新学習指導要領が提示され、「言語力」の育成が教科を超えて求められている現在、コミュニケーション能力の育成を強く希求したこの数年間の取り組みが、学習者の言語力や思考力として結晶化している様子を見ていると、案外これまでに進めてきた研究がこれからの方向性と異なるものでないことを感じている。

 平成17年〜20年の4年間で研修や講演などにうかがった回数は100回を超える。改めて折々に使用した資料に目を通してみると、重複するものもあれば改良が進められているものもあり、日々の協同研究が成果として広がっていく様子が実感できる。そういった重複を省き、改めて全体を眺める作業を通して、整理し位置づけ直したものを研修資料として公開することとした。

研究資料一覧

●コミュニケーション能力の基本的理解
●コミュニケーション能力育成に関する基礎文献


●対話型授業の成立に向けた研修
第一期 学習者の発話能力・聴解能力形成期

▼目標とする実践的力量
コミュニケーション成立の条件
聞く力の内実と効果的な学習
表現方法を分かりやすく意識させる
学習者の発話能力を捉える観点
学習者相互の関係を築く教師の関わり方
▼ 対話能力と自己内対話
▼音声言語能力と文字言語能力の育成の方法
▼対話型の授業に求められる教育技術
▼学習者の発話能力・聴解能力育成の方法
▼発話の長さと内容の吟味
▼言葉の操作方法を言語化して捉える
▼学習者の意識の方向性の把握と視線のコントロール

第二期 言語活動を中心とした相互交流期

▼言語活動を中心とした授業構想
▼ウォーミングアップとしての導入のあり方
▼学習状況の報告と学習者の発話の伸びの関係
▼「書く」学習の位置づけと発話内容の深化
▼振り返りにおける学習者の発話の促進
▼アドバイスし合う関係構築の方法
▼学習者の意識の方向性を教師から他の学習者へ移す方法
▼司会の技術と学習者同士を向き合わせる技術
▼ 話し合い観察の観点と適切な指導
▼他の学習者の発言に対する聴解力の状況
▼「聞き取る力」の定着状況の把握
▼教師の発話量と学習者の発話量の分析
▼活動支援のあり方の検討

第三期 教材を用いた対話型の授業展開期

▼話し合いを活性化する視覚資料
▼ 話し合いの質を高める指導
▼論理的な発話のフレーム
▼説明力の内実と育成の方法
▼情報収集による他者の生成
▼学習者の対話を観察する眼と教師の関わるタイミング
▼対話のスピードと発話内容の相関性
▼発話能力の形成から充実へ(書く力の育成)
▼学習過程における思考場面の位置づけ
▼自己内対話力の内実と育成の方法
▼学習者相互の対話の内容分析
▼学習者の参加状況の把握
▼教師の効果的な介入に関する吟味
▼学習課題の吟味と分析
▼発話内容と「書く」内容との相関性
▼ 説明力の分析と把握

福井市立中藤小学校との協同研究

協力の方向性とねらい

 最初に本校を訪れた際に、西山前校長先生は、次の三つの点に目を向けた研究の取り組みを行いたいと話された。

@学習者自身がもっと授業に参加する授業作りの必要があること。

A学習者が深く考えるような学習課題を追求する必要があること。

B学習者のことばの力が確かに身につく学習を考案する必要があること。  

 当時具体的に、「伝え合う力」が重視されていた時期だけに、@及びBの必要性から、「学習者同士がつながりあって学習を進めていく授業」というイメージが考えられた。これは現在「対話型学習」として全国各地の小学校で意識的に進められている学習形態であるが、当時としては、イメージは持てるものの実際に授業を行うことは非常に難しいように思われた。なぜなら、先生方の意識の変革、学習者の対話能力の形成、聞き合う姿勢を持った学習集団作りの三点において非常に時間のかかることだったからである。そもそも本校の研究は、こうした時間のかかる難しい取り組みへの挑戦であった。  

 様々な研修が重ねられてきたが、ここに来て改めて振り返ってみると以下の4点に対する研修協力であったように思う。

 @言葉の操作方法の言語化

 A教師の役割の拡張

 B学習に関する情報の充実

 C教員相互の協力体制の構築  

 本資料は上の4点の方向性に即して、その取り組みの概要と具体的な効果についてまとめていくこととする。

 

@言葉の操作方法の言語化

 学習指導要領の中でも、本年度行われた学力調査の国語B問題の中でも、ひいては「PISA型読解力」といわれていることばの力においても、共通して重視されていることばの力として「学習者がどのようにことばや情報を操作して、表現や理解を行うか」という点に焦点が当てられている。  このことはこれまで中藤小学校が進めてきた「対話型学習」のために必要とされる学習者の言語能力と通じるところが大きい。それゆえに、こういった学習を成立させるために、またこういった学習を通して、教師とともに学習者の意識の中にも、目的に対してことばや情報をどのように操作していくのかという観点が形成され、学習を通してその質を高めていくことが全体を通して目指されてきた。  

 しかしながら、この三年間の取り組みの出発点では非常に簡単な観点で学習者の発話に目を向けていくことから始めたことを記憶している。それは、「つながり合って学習を進めるためには、学習者がある程度の量の発話が可能でなければならない」ということであった。学習者の発話の量を支える重要なポイントは、もちろん話す内容を豊富に持つことにあるが、それ以上に、語レベルで話している学習者を、文や文章ではなせるようにすることも重要である。前者は後に述べる学習者に豊富な情報を持たせて学習に臨ませることにつながっていくわけであるが、ここでは後者のことに触れる。  

 語レベルでしか発話をしない学習者は、小学校ならばどのクラスにもかなりの数存在していると感じている。こういった学級にいくら話し合いの場面を設定しても、自分の考えたり感じたりしたことを語レベルでしか表現できないわけだから、交流が生まれる可能性は低い。そこでまず、教師の発問に着目し、語レベルでの応答しか求めていない発問ではなく、文や文章で反応する必要がある発問に関する研修を行った。この研修において、学習者が文や文章で答えるような発問の方法を学ぶとともに、あまり意識していなかった、どのような思考や認識を発問によって求めているかと言うことに目が向けられるようになり、多くの先生方の授業でバリエーションのある発問が仕掛けられるようになった。  

 それと同時に、学習者の応答を教師とのやりとりを通して、最終的には文や文章の形に導く関わりを持っていただくようにした。その際に、特に文から文章へ導く際に接続詞に着目し、学習者に多様な接続詞を獲得させることで、文章として様々な表現能力を身につけることを目指した。  これらの取り組みを通して、学習者の発話量が増加し、感覚的にも「よくはなしができるようになった」と感じた先生方が多く見られた。それと同時に、発問のバリエーションが増加したことで、今まで正しい答えを求める傾向の強かった先生方の中でも、学習者が感じたり考えたりしたことに触れる機会が増え、学習者の頭の中に興味を持つようになってきた。これによって、教師の間に、「学習者の言うことを聞いてみよう」という聞く姿勢が形成され、自然と学習において教師が話す量、特に説明する量が減少し、それに呼応して学習者の話す量が増加した。  

 この段階において、学習者の話す量は客観的にも増加したことが感じられたが、学習の中にうまく参加できないこの存在もクローズアップされた。そこで、学習の振り返りを書かせ、次の授業の最初に、特に参加できていない学習者を中心に「報告」させる導入を組み込むこととした。これは、話す内容ができていても、学習に参加するための方法が獲得されていても、学級の中で声を出すことにためらいのある学習者には、効果が見られた。またそれと同時に、学習の振り返りに対して教師が目を向ける習慣が形成され、日々の学習を学習者がどのように受け止め、何を学んだか、授業中に誰に目を向けているか、何をしているかといったことに対する理解が深まりを見せ、学習者の意識に働きかけることの重要性を実感する先生も多く見られた。

<研修資料1> 発問のバリエーション

<研修資料2> 発話及び思考のフレーム

A 教師の役割の拡張

 

 学習者の話す量が増えてきたことで、研修は次の段階に移った。授業の中で学習者が感じたり考えたりしたことをつなげながら、協働して課題を解決したり、考えを深め合うようになるための取り組みである。  

 学習者が授業において他の学習者の意見につなげて発言するためには、まず第一に授業中に他の学習者に意識を向けておかなければならない。そのために、従来教師に向けられていた意識を他の学習者に向けるための教師の関わりが必要になる。そこで以下のような研修資料を準備し、実際の授業の中で学習者の意識のありように目を向けながら関わりを推移する取り組みを進めていただいた。

<研修資料3> 学習者相互を結びつける教師の関わり

こうした教師の関わりによって、学習者相互が意識を向け合いながら、学習を進めていく学級が増えてきた。これによって学習の展開の順序が、「学習者にまず聞いてみる」ことから始まるパターンが増加し、学習展開に対する学習者の関与が高まってきた。 また、この段階では、学習者の能力差が顕著になり、よくできる学習者は積極的に参加するが、そうでない学習者はなかなか参加することができない学級も多く見られた。そこで、「誰の発言に心を動かされたか」「誰の発言はこういうところが良かった」などアドバイスをカードに記述させ、授業後に交換させる取り組みを取り入れた。これによって学習者がより他の学習者の発言に意識を持つようになり、さらに「付け足し」や「言い直し」など学習者個人ではなかなか自分の考えを学習に持ち込めない学習者も他の学習者に支えられながら参加するための支援構造が学級の中に生まれてきた。 また、学習への参加の方法を明確に言語化し、効果的につながり合いの中に参加できるよう、以下のような話型を提示することにした。

<研修資料4> 話し合いへの関わり方

これによって、同じ意見が繰り返し出てきたり、付け足しばかりが連続して出てきたりする状況を脱しようと試みたのであるが、この問題点については学習者がこういった学習に慣れてくるのを待つしかない部分も残った。 しかし、こうして、授業の中で他の学習者の意見を聞こうとする意識が育ってきたことを見計らって、さらに国語科として「聞く力」の育成を志向する事ができるよう、以下の聞く力を言語化し先生方と学習者に共有していただくことにした。

<研修資料5> 「聞く力」の言語化

B 学習に関する情報の充実

 校内研究も三年目に入り、それぞれのクラスでも「対話型学習」の普及が進み、クラス替えや進級があっても過去の経験を生かして学習者がうまく適応していく姿が見られるようになった。これに伴い、先生方の目も肥えてきて、学習者がつながり合ってはいるものの、その交流の質が問題になる反省会が増えてきた。  

 これに対して、一つは課題の善し悪しという点で議論されることがあったが、もう一つの観点として、私が提示したのは、学習情報の豊かさの観点である。学習者の発話の質を高めるためには、話す内容を作り出す際に、より多くの情報を保有していることが必要となる。この点はこれまでにも意識的にアプローチされている先生を見たことはあるが、残念なことに形にして学習者にみえるものとなっていないため、期待した効果が得られないということがある。例えば、何時間も授業した上で、そこで考えたことを思い出させながら、重要なことを考えさせたいと思っていても、これまでに学習したことが、どこにも形として現れていなければ、学習者はなかなかそれと結びつけながら考えを持つことができない。かといって、もう一度授業の中で振り返らせる時間もないということになると、どうしても指示や発問一つでこれを求めてしまいがちだ。  

 学習者が深く考えるために必要な情報を以下の三つの点で考えると、それぞれに形にしていく方法もみえてくる。

@ これまでに学習してきた内容や成果(掲示型ポートフォリオ)

A この授業で進めてきた話し合いの内容や着目した記述 (記録型板書と資料型板書)

B 教材に関する情報(学級文庫や掲示)

<研修資料 6> 記録型板書と資料型板書

C教員相互の協力体制の充実

 この三年間の研修を通じて、もっとも大きく変化したのは、教員間の協力体制であると言っても過言ではない。私は、こういった校内研究の協力をする際には、第一に先生方の観察眼の形成をねらう。本校でも、「学習者の発話」を詳細に捉える目の形成を最初のターゲットとした。それによって、先生方ご自身の目を通して学習者を捉え、彼らに何が欠けていて、どういった学習が必要かということを発見していただくためである。  

 必要な学習の発見が、授業を改善していくもっとも大切な起爆剤であり、その発見があることによって、校内研究はやらされ仕事ではなくなる。  最初の頃の授業研究では、特に学習者の発話を授業者、参観者、様々な角度と視点で一緒に観察するという点に力点を置いた。これは、その授業研究に参加しているもの全員でどのような学習が必要かということを発見する作業でもあった。  

 また、そういった協同観察の経験が積み重なり、クラスを入れ替えて授業をする試みも始まった。「隣のクラスで授業をする」という経験は、自分の構想した学習の是非を吟味する上でも役立つことだが、何より、観察側に回ったクラス担任の先生にとって、自分の育てている学習者の学習状況を、普段とは全く違うところから観察できる機会を与えてくれるものとして大いに役立った。  

 また、この試みは、同じ授業をクラスを変えてすることにつながり、学習課題の吟味が、教材との照らしあわせだけではなく、学習者の実際の反応を参考にしながら進められるようになった点は非常に大きいと考えている。授業研究の場などでも、この課題は学習者には限界だとか、こういった学習内容は学習者には優しすぎたといった理解が、すぐに他のクラスの学習に生かされていくような教師間の研修体制はあまり例を見ないと考えるからだ。 様々な研究成果があった中でも、中藤小学校が得た最も重要な成果は、この教員間の研修体制であったのではないかと考えている。

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