教材について

 最後の詩教材としてはなかなか奥深い内容になっている。現代詩としての要素と近代詩としての要素が上手く関係付いているので、語句そのものの組み合わせや文脈上のインパクトに目を向けさせると共に構造的に積み重ねられていく峠のイメージや意味をインテグレートさせて理解させたい。 また、中学校三年生という初めての峠にさしかかり不安になっている生徒たちにはこの詩の内容は意味あるものとして映るだろうから、詩の内容面の理解も重視した読解学習を組織したい。

語句の使われ方に注目させる

 この教材は現代詩としての作りを持っている。それゆえに語句の組み合わせや文脈上ずれた語句がはめ込まれているところに目を向けさせその効果やイメージを捉えさせる学習が読解の一つ目のポイントになるだろう。  具体的には「峠は~しいるところだ」という表現が最初の出だしのポイントとしては適切。「しいる」だけでなく「峠がしいる」というずれた表現に目を向けさせたい。この表現は普通の擬人化とは異なり、かなり峠が全面に出て人間に対して関わりを持ってくる存在として描き出されている。この効果については「しいる」の他に「促す」とか「誘う」といった近接する動詞と比べさせてみるとよく分かる。 私なら、こういった意図的に使われている語句を空欄にしたプリントを作成し、学習者に当てはめさせながら近接する語句との相対化を自然発生させ、その違いや効果について考えさせる機会を作る。

峠の意味の積み上げ

 また、この教材は峠の意味をなんそうにも積み重ねている構造的な作りをしているところが近代詩的である。最初から決定であり決別である峠の意味が示されながら、登り詰めたものの視界を縦横にスライドさせ、それぞれに仮託された思いを重ねていく。こういった変化を丁寧に整理させるためには、図式化が適切かもしれない。しかし、プリント学習にした場合、これだけテンポのよい詩をバラバラにしたように感じるのであくまで、発問と応答で板書に図式化したものを完成させていく方がよいと思う。

抽象的な表現

  この詩の難所は中盤の抽象的な表現の連続をどのように読み解かせるかにある。

  風景はそこで綴じあっているが、
  ひとつをうしなうことなしに
  別個の風景には入っていけない。

 は、それに続く

   大きな喪失にたえてのみ
  新しい世界が開ける

と位置づけられているから、綴じるという表現から入って、何と何を綴じているのかを明らかにし、一つを失うとは何を失うことかと発問を連続させ、その手がかりとして大きな喪失を導き出しながら、別個の風景と新しい世界の共通性を発見させる。
 結局、これまでに登ってきた峠までの景色が、時間的にはこれまでの人生や経験にあたり、それを捨てていかなければ新しい別個の世界が開いていかないと言う意味なのだが学習者には少しわかりにくいので丁寧に押さえておきたいポイントである。