教材について

 いくつかの主題に向き合わせることが可能な教材である。受け継がれていく命、家族といってもかなり広範囲での家族のつながりを感じさせる教材だと思う。また命のやりとりと生活として生き物を殺すという事の意味を深く考えながら人と動物の関係のあり方にまで思いを及ぼすこともできよう。さらに、身近な人間の死にどのように向き合いながら生きていくのかという点も考えさせることができる。

太一と与吉じいさの関係から

 ある意味での伝承。師弟関係といってもよい二人の関係は、多くを語り合わない関係だ。見て学ぶということもあるのだろうが、それ以上に、漁師としての大切なことを共に漁に出ることで知らず知らずのうちに学んでいることに目を向けさせたい。魚を捕る方法を学ぶのではなく、海や魚とどのように接するのかという考え方を教えられている。じいさが亡くなる前に、太一に「村一番の漁師だ」ということの意味を深く考えさせる学習は置いておきたい。  また、死に向き合った太一の「海に帰りましたか」という発言からは、海と一体化して生きていくことの重要性を学び取った太一の姿が見て取れる。与吉じいさの死を乗り越えることで、同時に父親の死をも乗り越えようとする太一の心情はつかませておきたい。当然クエとのやりとりを抜いては父の死を乗り越えられないわけではあるが、与吉じいさの死がある意味でその手助けをしていることは押さえておきたい。  

海との関係、魚との関係

 漁師の基本的な考え方が様々な発言の中に出てくる。海と共に生きる、魚と共に生きることが、長く漁師を続けていくためには重要なのであって、その考え方自体を学んだ太一は、それ故に村一番の漁師なのであろう。なぜ太一は村一番の漁師だと自分で思うに至ったのかということは発問として用意しておきたい。  漁をするということが、単純に命を搾取することではなく、命を懸けた戦いであることを、父親の死やクエとの関係から導き出していかなければならないのだが、やはり最も目を向けさせたいのが、クエを殺さなかったという最後のシーンである。なぜ太一はクエを殺さなかったのか、またクエと父親を同一視するに至ったのかということも考えさせたいポイントである。  クエを海の命と思う太一の心を捉えるには、父親を殺したクエという認識から様々な経験を積んで変化していく太一の考え方を前提にしなければならないので、じいさとの関係から太一が何をどのように学んだのかということを整理した上でこの点を考えさせるようにしたい。

受け継がれていくものの存在

 漁師として代々受け継がれてきたものが受け継がれていく話だと捉えると、受け継がれていくものとはいったい何であるかという点を考えさせたい。代々漁師として生計をと当てている村の人々が共有するのは、海や魚との関係のあり方であり、それが守られなくなれば海の命は死に絶え、漁師としてもやっていくことはできなくなる。生きていくために動物の命を奪う現場にいる者が実はそのことを一番よく知っていることは学習者にも理解させたい。