教材について

 6年生の説明文教材として考えてみると、

  1. 物事の特徴を捉えるために比較する。
  2. 筆者からの強いメッセージを受け止め自分の考えを持つ。
  3. 抽象的な概念を具体的に説明する。

など学習が可能な要素をたくさん含んだ教材である。 また内容面では広がりを感じるのは、つながりが時系列と空間によって語られているので、環境、自然との関わり、進化論など様々な方向への発展学習がねらえる。  

 またあなたは生き物です。という表現などから自分が何として生きるかという立場の問題に目を向けることも可能で、複数の立場を持ちながら生きる我々に最も原初的な「生き物として」という立場を改めて自覚することが可能となる教材だと思う。

特徴を捉えるための相対化に関するメタ認知の形成

 読みの学習で形成されたメタ認知は表現能力として定着する。物事の特徴を捉えて表現する学習の機会はこれまでにもあっただろうが、近接する事象を取り上げて比較対照しながら特徴を述べていくという方法を自覚的に行える学習者はほとんどいなかったであろう。こういう教材が表現のモデルとして生かされていくように願うならば、同様の方法を用いた表現学習を発展的に仕掛けるべきである。  

 それに加えて、具体的に挙げられている三つの相対化の観点とそこから導き出される生き物の特徴を整理する学習を置く。  

  1. 外界との関係(つながり)  
  2. 個体としての変化や成長  
  3. 時系列での過去とのつながり

 の三つは面白い関係で結ばれている。ぼくとしては結構最初の観点は斬新だと感じた。栄養の摂取を外界とのつながりかたとして捉えた文章は初めてであったからだ。いずれにせよ三つの観点は「つながり」というキーワードによって関係づけられており、そこに目を向けることで最後のまとめの部分が見えてくる。  そう考えると、前半のまとまりはきちんと整理しながら丁寧に読ませる学習を仕掛けたい。

筆者のメッセージに触れる

 この教材のように書き手のメッセージが明確に表現されている教材を小学生では扱わない。中学生になると、論説文として教材化されたものは結構こういう形のものがある。意見文のモデルとしても使えるものだが、あえて表現学習には行かず、自分の考えを持つという学習でとめておきたい。まだこういった内容についても、調べ学習などで情報量を増やしながら、自分はこう思うとかこう考えると言ったことを明確に持たせる学習に焦点を向けておきたいからだ。  

 書き手のメッセージに触れさせることになれていない教師だと、最後の段落の何処か印象的な問いかけをそのまま使い、課題に据えて自由に書かせる展開を取りやすいのだが、これまでなんのために教材を読んできたのか分からない。それなら課題そのものを提示して、調べ学習か何かで展開することで事足りる。  

 あくまで、課題そのものではなく、もっと包括的に、これまでの文章内容を踏まえるし、筆者である中村さんの事にも触れる。そうしながら、なぜ筆者は我々にこうしたメッセージを投げかけるのかという点を明らかにしてから自分の考えを作る学習に入る。

あえて自己認識に目を向けていくとすると

 「ひとりじゃない」という言葉を最近メディアでよく目にする。潜在的に続いてきたいじめ問題が、噴出している現状があるからだ。この文章のように冷静に科学的な見地から同様のことを突きつけられるとちょっと不思議な感じがする。  

 空間的にも時間的にもつながりのある自己という認識をはっきりと自覚させる学習を仕掛けるならば、自分を真ん中にしたツリーを作成させるかもしれない。そうすると確かに、様々なツリーができあがってくる。 偏っていたり、潜在化していたりするつながりを予測し問の形で学習者に投げかけてやる準備を十分に行えば、効果的な認識力形成の学習につながるだろう。