教材について

  この教材は、いくつかの情報を具体例として提示しながら、論を展開し自分の考えを述べる構造をもっている。それゆえに、情報を操作して、自分の考えを述べる方法をモデルとして学習することが出来る。  また具体例をどのように選び、どのように配列することでどのような効果が出るかという、例示の方法と効果を学ぶことも可能である。
 話題に関しては、環境保護の内容になっているが、弱者としての自然を強者としての人間が保護すべきであるという考え方ではなく、むしろ自然界が持つ生命力の強靱さのようなものが見え隠れするところがおもしろい。筆者も、環境保護に従事しながらも、ホタルの研究者であるところが、一般的な環境保護の論調とは異なる雰囲気を出す要因になっているのかもしれない。

例示の連続性から

 この教材には次のような例示がなされている。  

 ①石垣島のヤエヤマボタルの例
 ②名古屋市のヒメボタルの例
 ③横須賀市のドブ川の例  

 この三つの例示が何故このような配列で行われているのかという点に目を向けることで、筆者の意見をどのように補強しながら論が展開されているのかを捉えることが可能となる。この教材の冒頭に書き手の考えが述べられていないので、構成としては尾括型になる。それ故読み手は、物語を読み進めていくように、例を一つずつ読みながら最終的に筆者の考えに導かれていく。
 教材の内容理解を目指すのであれば、文章構成に沿って学習していくことを考えるが、やはり論理の展開や例示の方法・効果といった表現面に着目することで、書き手の意図を捉え書き方を学ぶラインをしっかり確保するのがこの段階の学習者には必要となる。それゆえに読みとりの段階から最後の筆者の意見を出発点にして、個々の例示の意味を関係の中から読みとらせたい。
 例示の連続性に話を戻すと、上に上げた三つの例は内容レベルでの小見出しであって、これを出発点にしながら、記述された内容に目を向け、例示の意図レベルでの小見出しに読み替えていく作業を経ることとなる。

 ①人間の役に立たないから開発されて無くなってしまったホタルの生息域の例
 ②突如発生したしたヒメボタルの生息域を人間が保護した例
 ③ホタルの生息域そのものを人間が作り出す努力をした例  

 これは、「ホタルの生息域」をキー概念として例示の意図性を捉えた小見出しである。こう並べてみると、それぞれの例示が連続する意図によって配列されていることが見て分かる。 また、連続性だけではなく、①が自然の多くのこる石垣島の例であるのに対して、②や③が大都会の真ん中の出来事であるという対立点にも目を向けながら、①と②、③の関係を別の角度から読みとらせる。このときに、間に挟まれているホタルを取り巻く自然の現状とか、大都会の中心にホタルを復活させたところもあるのです、といったナビゲーション文にも目配りをさせておくことが大切です。 さらに②と③の違いにも目を向けさせる学習を加えます。②と③の違いは保護する努力と作り出す努力の違いなのだが、お城の堀とドブ川という違いもあり、もう少し丁寧に比較させると深い理解に至るのではないかと思う。

人里とか里という概念

 「人里」という概念を用いるには、実はいくつかの理由があるのではないかと推測することが出来る。学習者もこの言葉の意味は簡単に理解できるようだが、概念として理解することは少なく、ましてや書き手の意図をそこに見いだすような目の向け方はしない。
 概念の理解に関する学習はやはり二年生でしっかりやっておきたい所なのだが、これまでの多くの教材が概念そのものの説明になっていたので、最後のターゲットが概念の説明を理解することで概念に出会ったときにどのようにそれを言葉としてではなく概念として理解していけばよいかという理解の方法の学習を行ってきた。しかしこの教材は概念そのものの説明はなく、概念を意図的に使うことで、言葉として表現できなかった様々な考え方をそこに含ませることで自分の意見を表現する形となっているので、概念そのものの理解は読み手に一任されている。先にも述べたが学習者はそういったことには無頓着なので授業の中で教師が目を開かせていく必要のあるポイントとなる。
   そもそも人里という言葉は、自然と人間の生活域が交わる場所として概念化されている節が強い。また、自然保護によって生み出された自然に優しい環境は人間にとってもよい環境であるという共存の考えを含みもつ概念でもある。自然と人間が対立的に捉えられるのではなくむしろ共存することを目指した環境作りを考える人たちがよくこの交流域としての人里を用いる。しかしこの教材での用いられ方はやや異なるものがあり、筆者なりの定義をもってこの概念が使われていることも考えられる。いずれにせよこういった概念に目を向けてその使われ方から内包されている意味を探る読み方を学習者に身につけさせる学習が必要となる。

情報操作によって自分の意見を出す

 例示されている内容を一つの情報と見立てると、この文章は三つの情報を関係づけながら自分の考えを述べた文章ということになる。こういった文章を学習者が書けるようになればいいなあと願うが、実際にはなかなか難しい。なぜなら自分の意見に対して情報を収集するためには、専門的な知識が求められるからだ。それは、先に挙げた例示の小見出しの二つ目のものが学習者自身で描けなければならないからだ。それゆえに、この教材をモデルにしながらも、中学校二年生という学齢を考えると、テーマに即して情報を集め、それらを比較検討する中で自分の考えを作り出すことに学習の焦点を移すことが必要となる。意見のある学習者にはそれを論証したり補強したりする情報を集めさせる学習も考えられるが、それはやや難しい。