教材について

  チンパンジーの「種割り」の伝承を「文化」の伝承の典型的な形として捉え、人間の「文化」伝承を暗に想起させるような教材の内容になっている。 グループの食生活の分布状況を説明する前半部分と、他のグループから来たであろうヨが若い猿たちに種割りを伝承するプロセスを書いた後半部分の二つに分かれる。  特に前半部分は四つのグループの分布状況や食生活を図表とともに説明しており、図表と文章とを重ね合わせて理解する学習場面を構想しやすい形になっている。
 また、後半部分は時系列に沿った説明に加え、因果関係を推論によって導き出しながら、猿が文化を伝えるプロセスを説明していて、読解学習を構想する形になっている。
 この教材の問題は、あまりにも「人間」というものが後ろに置かれてすぎている点にある。チンパンジーの文化伝承についての説明文に終始しているのならばそれはそれで構わないのだが、筆者の研究動機も人間の進化の解明にあるし、最終段落にも人間との共通性を基盤にまとめられているため、中途半端に人間のことを出すわけにも行かず、かといって人間についてあまり書き込まれてもいないため、どこでそのように情報を入れていくかという点が難しいと感じられる点であろう。

図表の善し悪し

 前半部分にある図表について。まずは図。四つのグループの位置関係や生えている木の種類などは文章で表現している以上に理解がしやすく、文章と重ねて読むにはちょうど良い。しかし、問題はグループ間の距離。初めてみたときには数学の問題か何かでしょうか?と思ったくらい形式的に距離が表現されている。「40km」って結構あると思うのだが、こうやって表現されてしまうと今ひとつ実感がもてない。同じように丸で表現されている森もイメージを壊してしまう。
 文章を書いた人と図を書いた人が違うのではと思ってしまう。もう少し必要な情報とそうでない情報の峻別が施されていてほしい。本当は文章から図に変換する作業は学習者がするほうが、非連続テキストの読解力を身につけるには効果があるのではないかと思う。
 次に表。「種割り表」というのだから「食べ物表」とは違う。あくまで種を割るか割らないかによって表が作られている。グループAは一体何を食べているのかといった疑問が生徒から出そうな感じもするが、それは読み違いなので何とか解消できるにしても、グループの生活圏に生えている木との関係を重ねて読みとらせなければあまり意味がないため、その学習をどう展開するかがポイントになるだろう。

文化を伝える

 擬人化された表現は、軽く触れるにしても、この伝承のプロセスは読み深まりを促すにはなかなか良い文章になっている。子供には文化が伝播されても、大人には伝播されないのかなあと単純に疑問を持ちながらも、人間社会での流行や真似のような広がり方はしないのだなあと妙に納得する。
 さて学習のポイントとして考えられるのは、やはり、こういったチンパンジーの文化の伝わりを情報として得た学習者が自らの生活の中の文化やその伝承について思いを巡らし、人間社会での文化のあり方を考える機会をどうやって作るかということにある。文化そのものに思いを巡らせてから、その伝わり方に目を移していきながら、考える場面を作る方法もあるだろうし、人間社会の文化の伝承について書かれた他の文章を重ね読みさせて考えさせるのもおもしろいと思う。
 もうすこしやろうと思えば、「流行」や「伝統」など少し文化の伝わり方の捉え方を違う視点から捉えさせてみるのもいいだろう。チンパンジーの文化の伝え方との共通性に目を向けた学習と、人間社会との差異性に目を向けさせた学習とどちらにするかは教師の判断によるだろう。
 一番怖いのは、「種割り」は「文化」なのだろうかという疑問を抱えてしまうこと。私は最初に読んでそれを一番強く感じてしまったので、少しこの教材は取っつきにくかった。「生きる」ことに直接関係のないもの、というニュアンスが「種割り」のどこにあるのかを見いだすには結構考えなければならないので、学習者にはどうやって説明しようかと悩むところである。